初代セルスターズから、その後

 

ハチのムサシ店内のセルスターズのレコードジャケット。その2


I:セルスターズはテレビではどういう形で演奏していたのでしょうか。

K:ピアノ、ギター、ベース、ドラムと言ったカルテットでやってたのですが、テレビではすでにオーケストラがバックにいることが多かったので、オーケストラで出来る部分はやって貰っていました。

H:楽器を持たずに歌だけでやっていたのを見たことがあるのですが。

K:そう言うこともありました。僕たちは嫌でしょうがなかったのですが、テレビ局の方から楽器のセッティングの時間がないからそうしてくれと言われたんです。楽器を持っていってセットしたにもかかわらず、やはり歌だけにしてくれと言われたこともありましたね。
ちょうどその頃、ピンキーとキラーズがそう言う形態でやっていたので、その影響もあると思いますが。それで、平田さんが 、エンディさんに「お前らが、そう言うことやるから俺たちがやりにくいじゃないか。」と言って怒っていたことがありましたね。(笑)

I:セルスターズというと女性二人でコーラスをつけて、男性がユニゾンというスタイルですが、女性のリードメロディの方がみみんあいさんですよね。

K:いや、違います。リードの方がレミちゃんです。
これはテレビ局の人もよく勘違いしていて、リードの方があいちゃんだと思っているんですね。
ですから、ミキシングもあいちゃんの方を大きくしたりして、お客さんからメロディがおかしいなんて言われた事がありました。コーラスパートを大きくするのですから当然ですよね。見た目のインパクトが、あいちゃんの方が強かったので、そう勘違いされたのですね。

I:そうだったんですか、実は僕も勘違いしていました。

H:セルスターズは何年頃まで活動していたのでしょうか。

K:セルスターズは活躍したのは3年くらいですね。S46年からですから、S49年まででしょうか。

H:それで、解散という形を取ったのですか。

K:そうです。

H:それは、どんな理由があったのでしょうか。

K:僕もステージでよく冗談で、男女関係とか、金の話とか言うのですが、(笑)
実際の所は、やはりグループを長く続けてくると段々とばらけてくるんですよ。
それと、一番僕自身が感じていたのは、仕事を消化するという意識が強くなってきてしまったんです。
それで平田さんに相談した事があるんですが、「俺はこのままではやりたくないから、やめたいな。」と言ったら、平田さんもそう感じておられたらしくて、それで、「菊ちゃん、一度やめようか。」と言う話になったんです。 それで、続けるならば、一度リセットして新しいメンバーでやろうよと言う事になったんです。

I:そうですね、僕も、今まで色々な方にお話を伺って、だいたいグループをやめるいきさつと言うのは、流されていく自分に嫌気がさしたという事が多いようですね。

K:その通りですね。そりゃ、ヒット曲があれば、営業をして稼ぐ事も出来ますし、又新曲がヒットするかもしれないという事もあるかもしれませんが、やはり、自分の気持ちというのはどうしようもない物で、事務所にもそう伝えて一度、解散する事になったんです。

それはどの仕事をしていても同じだと思うのですよ。今僕はこの仕事を(ハチのムサシ)28年やってますが、毎日楽しいのですよ。お客さんと酒飲んで唄って、それで尚、頂く物を頂いて(笑)本当に申し訳ないくらいに楽しいんです。だから、続けてこられたんだと思います。

I:そうですね、やはり自分が楽しくない物は続けられませんから。
それで、セルスターズはその後、どうなったのでしょうか。

K: それから、しばらくは、メンバーを入れ替えてセルスターズとしてやっていました。ボーカルとドラムが変わりました。
それで、数年間やっていたのですが、その時は逆に楽しかったですね。 前のメンバーが悪かったという訳ではないんですが、新しく組めば又新鮮な気持ちになる事が出来ますからね。ヒット曲はありませんでしたが、楽しかったですね。

H:そのメンバーでの、レコードリリースはあったのでしょうか。

K:有りました。(ここで、菊谷さんが、レコードジャケットを持ってきてくれたのですが、写真に撮れなくて、お見せできなくて申し訳ありません。)
ハーフの女性が、ボーカルで入っていたんですよ。楽しかったですね。割とロック色が濃くて、(ジャケット写真の、菊谷さんのギターもギブソンSGになっていました。)ドラムも内藤やすこさんのバックやっていた人で、当初、彼女をボーカルに入れるという話もあったんですよ。

I:H:そうなんですか。(驚)

K:ただ、彼女は、グループでやるより、ソロでやりたいという気持ちが強かったんですね。それで参加できなかったんですが・・・

I:このアルバムのナンバーを見ますとカバー曲ばかりですが・・・(井上陽水、浅川マキ等)

K:そうですね、どの曲もブルースっぽいアレンジでやっています。

I:これは今聴けますでしょうか。

K:いや、これジャケットだけなんですよ。(笑)

I:残念です。それでその新生セルスターズの後はどうされていたのですか。

K:それから、音楽活動はやめて、この店を始めました。それと同時に平田さんと、「プロサウンド30」と言う、主にカラオケの打ち込みをやる会社を立ち上げました。平田さんはアレンジの出来る人なんで、彼の自宅に打ち込みの機械を持ち込んで、全国からそう言ったカラオケのアレンジを打ち込んで、夜はこの店をやってるんです。

I:当初からこの場所で始められたのですか。

K:そうです。もう28年になりますね。お客さんからもそろそろ模様替えしたらなんて言われますが、これが良いんだよ(笑)って。

I:現在は音楽活動は、されていないのでしょうか。

K:実は、今又セルスターズで活動しているんです。

I:そうなんですか!

K:僕と平田さんと、女性ボーカル2人とパーカッションを入れて、5人編成でやっています。ベースになる物は打ち込みでやってます。仕事によっては、パーカッションが2人になる事もありますが・・・

I:定期的にLiveとかやっていらっしゃるのでしょうか。

K:いや、期間は不定期ですが、オファーが有ればメンバーのスケジュール等を調整してやっています。
今年も後数本決まっています。(2004年8月現在。)注2

現在はソニーと契約して活動してます。

H:確か去年でしたか、「ハチのムサシ〜」がリメイクされていたと思いましたが・・・

K:そうですね、あれは僕が詩を書きました。詩を新しくして、リズムをサルサにしたんですよね。

H:確かムサシは生きていたというような内容だった覚えがあるのですが・・・

K:そうです。復活したというイメージで書いてくださいと言われました。

H:今のセルスターズについては、どの様なお気持ちがありますでしょうか。

K:そうですね、僕も(第2期のセルスターズをやめてから)20年くらいブランクがあったのですが、本当に今は楽しくやっています。みんなそれぞれ他に仕事もあるのですが、集まれるときに集まってやろうという事で楽しくやっています。

 

初代メンバーとチェリッシュ、右の方にはテツ&トモも。

 

I:初代セルスターズのメンバーは、現在はどうされているのでしょうか。今でもお会いする事はあるのでしょうか。

K:ええ、去年特番が何本もありまして、会う事があったのですが、どうしても4人になってしまうんですね、僕と平田さんと女性ボーカル2人と。ベースの小井(こい)君は、自分で打ち込みをしたり、アマチュアですがバンド活動をやったりしてるようですね。ドラムの松山君は、音楽活動をやめて、茨城の方で、行列の出来るラーメン屋さんをやっています。現在音楽をやっていないというのもありまして、要請があるときは、(前述の)4人が集まります。テレビ局の要請だと、どうしてもオリジナルメンバーを集めたがるんですよ、ですから、そう言うときに限っては初代のメンバーで出るんですよ。

I:女性ボーカルの2人は現在はどうしていらっしゃるのでしょうか。

K:眼鏡のあいちゃんは旦那さんが有名な中華料理のコックさんなんですよ、現在幡ヶ谷の駅ビルの地下で「チャイナハウス」と言う中国料理のお店をやっています。ここは、面白い店でメニューがないのですよ。その日のご主人の作る物がメニューになるんです。

I:へえー、凄いですね。

K:いや、決して高くないんですよ。それで、そこで、月に何回か、あいちゃんはLiveをやってるようです。ピアノとかをバックにして。

もう1人のレミちゃんは、相模原でいくつか歌の教室を持っていて、先生をしています。

H:やはり皆さん、今でも音楽に関わっていらっしゃるのですね。

K:そうですね、全く音楽をやっていないのはドラムの松山君だけですね。

I:それでは、最後にいつも皆さんにお聞きしている事なのですが、菊谷さんにとって、GSブームと言うか、GSの時代という物はどういう物とお考えになっていらっしゃるのでしょうか。

K:そうですね、ビートルズとかベンチャーズが日本の若者を刺激して、みんなが、それをコピーしてステージで演奏し、誰もがビートルズやベンチャーズになれた時代でしたね。
現在の音楽シーンで活躍しているバンドの先駆けとなった事をちょっとばかりやらせて貰ったという感じですね。その間ベトナム戦争もあり、そう言った時代をリアルタイムで歩かせて貰って凄く有意義な時間を過ごせたと思います。GSと言う時代の流れにいられた事で、タイガースやスプートニクスの前座をやらせて貰ったり、現在、この店にも色々な音楽関係の方が、プロアマ問わずにいらっしゃるのですが、そう言う話をすると、みんなとてもうらやましがるんですよね。(笑)それで、又そう言う(音楽関係の)人達との交流もいっぱい出来ました。それも僕の財産です。
GSは、一言では言いにくいのですが、それがあった事で僕の人生が 凄く楽しくいられると思っています。
懐かしい人達とも会う事もだんだん少なくなりましたが、何かLiveがあると聞くと進んで見に行くようにしているんです。それはプロアマ問わず、上手いとか下手とかじゃないんです、人の演奏を聴きたくて血が騒ぐんですよ。

I:今日は大変長時間にわたり、貴重な話を本当にありがとうございました。

H:菊谷さんの今後のご活躍に期待しています。本当にありがとうございました。

 

注2 最初にお話を伺ったときは、セルスターズのLiveのポスターが貼ってあったので、写真に撮ったのですが、パソコンが壊れて紛失してしまいました。ご紹介できなくて大変申し訳ありません。


 

 予定時間を大幅に上回ってしまい、お店の開店時間まで食い込んでしまいました。
僕たちは、悪いなと思いながら、なんでお客さんが入ってこないのかなと思っていましたところ、インタビューが終わって外に出た瞬間分かりました。
お店の広告塔の電気がぱっとついたのです。
僕らのインタビューが終わるまで店を閉めてくれていたのですね。

重ね重ね申し訳ないと思いながら、菊谷さんの人柄の良さが伝わってきて、僕ら2人の中に熱い気持ちがわき上がってきました。

パソコンの故障で写真が無くなり、再度お伺いしたときも、いつもの笑顔で、大変気持ちよく迎えてくださり、お店にいらした、平田さんを紹介していただき、平田さんからも大変貴重なお話を伺いました。又、このお話は機会を改めてご紹介したいと思っています。

 尚、今回このインタービューの記事が 、最終回が大変遅くなりました事を、菊谷さんを初め、読者の皆様に深くお詫びします。

 

店内写真その3

世界に一本しかないというミッキーマウスのギター。モーリスが試作で作ったがあまりにもディズニーとの契約料が高くて、商品化できなかったという代物。
その隣は、セルスターズの原型にもなった、セルジオメンデスとブラジル66のアルバムジャケット。

 

 

ハチのムサシのぬいぐるみ。

 

それでは、次回も是非ご期待下さい!

 

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